コラム



「ハーモニーと錬金術について」


ハーモニーの発展とアルケミー(錬金術)の考え方からの影響

西洋にも東洋にも、元々は音楽と宇宙との関係を理論的に結ぶ考え方があった。西洋ではルネッサンス音楽の和声理論が黄金術や算術とつながっていた。
この時代に出来た和声楽は西洋音楽の基礎となり、古典音楽でも、最近のポップスでも最も根源的なものとなっている。
エマ・カークビーとアンソニー・ルーリーがロンドンのザ・コンソート・オヴ・ミュージックとともに1984年に来日したとき、アンソニー・ルーリーは、ルネッサンス音楽における錬金術、数霊術、ユダヤ人のカバラの影響について話した講義を行なった。アンソニー・ルーリーの説明によると、その考えでは宇宙は4つの要素、土、水、火、風で出来ていて、それは音楽ではバス、テナール、アルト、とソプラノにそれぞれ対応し、同時に土星、月、火星と木星とその順番に対応する。ジョン・ダウランドなどイギリスのルネッサンスの作曲家の書いた曲では、バスは土を表わし、ハーモニーの基礎であった。ソプラノは風を表わし、主旋律を歌った。アルトとテナールはメロディーを予測したり、リズムの遊びで曲に息を吹き込む役割を持っている。4つの独立した声の相互作用は、魂を動かすのに十分効果があると思われていた。ルネッサンス期の作曲家、トーマス・モーリーは、彼の書いた音楽と作曲の教科書に素晴らしい音楽を作る事や素晴らしい歌唱は天国的な事を想わせる黄金の連鎖に導くのであると書いている。
このようなカバラ錬金術や算術の影響は音楽だけでなく絵を始め、シェークスピアやスペンサーなど文学にも大きな影響を与えた。
錬金術の考え方は古代エジプトや古代ギリシャからヨーロッパに入って行った。物質的な世界が4つの要素、土水火風から成ると信じられており、金は化学的に正しいバランスでしか達成する事ができないとされる完全な状態を表わしている。
錬金術は不老不死の妙薬、万能薬の発見、金属の金への変換といった様々な目的をもった中世の科学哲学だった。錬金術はすでに3世紀B.C.には中国とエジプトに存在したと言われていた。西洋では物質的な世界が4つの要素、土水火風から成ると信じられていたが、東洋では万物は、木火土金水5つの基本的要素(5元素)から創られると信じられていた。
中国最初の帝国秦王朝の皇帝は、不老不死の妙薬を捜したとして知られている。こうした道教と陰陽五行説に関する、東洋の医術における古代信仰の多くは中世ヨーロッパの錬金術の研究と多くの点で一致している。心理学と錬金術の関係に関する多くの本を出版したカール・ユング(ドイツの心理学者)は、人間を黄金の華のように裂かせるという知識についての古い中国の本を、錬金術の背後にある基礎文献といっしょに紹介し、また出版の手助けをしている。この本の背後にある基本的な考えは気功の実践に用いられているものと同様である。中国、日本と韓国あるいはヴェトナムにあるたくさんの東洋音楽は五元素の理論(五行説)に基づいている。音楽は本質的に5つの要素、5つの色、5つの方向、5つの星、5つに別けられた身体のそれぞれの部分やそれぞれの季節をわけ、それぞれをあらわす5つの音で構成されるペンタトニック(5音音階)からなりたっている。古代日本の宮廷音楽(雅楽)はこうした理論に基づいている。
アンソニー・ルーリーは、ルネッサンス音楽家にとって、「音楽は精神に効く薬のようだった」と言っていた。さらに「私は禅宗に入るか、インドの導師のところに行くかとも迷ったが、ルネッサンス音楽を選んだ」とも語っていた。


中世の詩では西洋文学市場はじめて愛の神の崇拝が祝われた。古代ヨーロッパでは、しばし月の女神とされる、女神が登場したが、ジョセフ・キャンベルは、愛の神が、愛の経験というものをより高次の魂にむけて心を開き洗練して行く力として高め、愛というものへの考えを変えたのだと書いている。エロスと違い、愛のこの形式は欲望と関係なく、アガペーと違って、キリストが「汝の隣人を愛してせよ」というイエスの無我な愛情ではない。これはベアトリスへのダンテの、言及されたことのなかったある少女への愛、なのである。中世のトルバドール、トルヴェールとミネジンガーの歌は、シンガーソングライター自身の女性にたいする、女性を女神に見立ててはいるのだが、彼個人の愛情を祝福するものだ。トリスタンとイゾルデ、パルシファル、アーサー王のロマンスなどのエピソードなど、12世紀に」向かう中世古典文学は、この種の愛を賞賛した。神秘的な宗教の形式となる愛。ジョセフ・キャンベルは、紫式部の書いた源氏物語に類似した物語は存在したけえども、そのような物語でさえ、全て仏教の教えによって了解され説明されるのだと指摘している。ヨーロッパの宮廷のロマンスでは、トルバドールの歌と中世のロマンスが、スーフィー教徒の歌に影響を受けたとたびたび指摘している。スーフィーの詩では、愛する人に書いた歌や詩は、つまり神への歌でもあるとされている。
こうした歌は力強く、感情的な愛の表現に充ちている。Laylaと Majununの有名な物語はペルシャ語の愛の歌として書かれているが、物語は神への強烈な愛情を表現するように語られる。中東からの影響は十字軍のとき頻着になり、スペインのアラブ人たちによっても、より広い範囲で影響を受けた。ダンテの神曲でさえイスラム教の影響を受けと言われている。ギターのようにたくさんの楽器がアラブに由来し、当時のシンガーソングライターは、今日のロックやポップミュージックに当たるような音楽を演奏し始めたのだった。ヨーロッパでは女神を礼拝する古代宗教は、キリストの母、聖母マリア信仰として引き継がれ、愛が聖なることとして崇められ、女性が崇拝された中世後半およびルネッサンスの詩と歌において、インスピレーションの女神として、ミューズのシンボルとなった。
私が中世音楽の虜になったのは、ドイツのStudio Der Fruhen Musikのトーマス・ビンクレーの演奏を聴いたからだった。長い即興演奏がたくさん聴ける、中世音楽を解釈した信じられないくらい素晴らしいアルバムを彼は作った。ピーター・アベラールの作曲したPlanctus Davidは20分に及ぶロックのようなビートとリュートとフィドルのソロを交えた組曲として演奏される。私にはサイケデリックに聴こえた。実際にはReflexeレーベルのこうした素晴らしい録音に関心を持つサイケデリックな音楽ファンはいなかった。私は、彼らの音楽を聴いて、音楽の聴き方、考え方が変わった。私のギターの演奏はトーマス・ビンクレーに決定的な影響を受けたのだ。
もう一つReflexeレーベルの初期を代表するグループに、歌手モンセラート・フィゲロとジョルディ・サヴァールが率いるHesperion XXがいる。モンセラート・フィゲロは我々が生きている今の時代の最も偉大な歌手の一人だと音楽ジャーナリストによく書かれている。彼女はビリー・ホリデーのような感情を表すことふができるとして紹介されている。彼らの最も初期の録音のうちの一つに女性トルバドールの歌を集めた『Cansos De Trobaritz』というアルバムがある。1974年の演奏だが、いまだに新鮮だ。生音のロックのようにシンプルだが、スピリチュアルで繊細な響きがしているという点では、この手のものとして最高のものだ。
音楽はアラビア、ペルシャ、あるいはケルト的に聞こえ、こうした音楽の影響、あるいはそれ以上のものを含んでいる。神聖で世俗的な感情の美しさは、特にこれらの録音に明らかである。
Hesperion XXI(現在は21世紀だから)として2002年に出たCD『Diaspora Sefardi』は、トルコの演奏家たちとの即興演奏が織りまぜられたセファルディ(スペイン、ポルトガル系のユダヤ人)の歌を集めた2枚組である。彼らはここで15分にわたる素晴らしい即興のヴァリエーションを含んだヴァージョンでこれらの曲を演奏している。